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人類史の後で、スピーカーについて語ることは崇高であるか。

「アウシュヴィッツの後で、詩を書くことは野蛮である」
このアドルノのテーゼは、全てのロマン主義の終焉を宣言した言葉として、ニーチェの「神は死んだ」並に重要なものであり、芸術に接する皆々様方にはそれはもう自明の事であると、アドルニアン(今作った造語。アドルノ+ian)の私は信じてやみませんw

カンタンに言うと、アウシュヴィッツという人類史上類を見ない悲劇を前にして、詩とかフィクションを書くのは不謹慎であるよと言うような言葉です。歴史上他にも大虐殺事件は起こっているのですが、文化・文明のある種のピークにあったあの時のあの場所のあの出来事は他のものとは性質が若干異なっております。
この宣言のあと、欧米ではロマン主義的な芸術作品はパタリと姿を消す様になります。(まあそれ以前からロマン主義は終わっていたという話もあるのですが。)そしてこの言葉は、奇しくもアドルノの誕生日と同じ日に起きた9.11アメリカ同時多発テロ事件で、再び人々の意識にあがりました。「9.11の後、全てのアートは瓦礫である」とか「9.11の後で、スペクタクルを撮ることは野蛮である」そんなテーゼを誰がしか思っていたのではないでしょうか。デリダも、9.11の直後に行われたアドルノ賞記念講演で触れていました。

では、少し安直かと思われるかもしれませんが「3.11の後で、何をすることがどうなのか」。単に似たような日にちに偶然に起きた自然災害なのですが、日本人ならば連想してしまうでしょう。

私は、御存知の通り東北は秋田に居るのですが、3.11では震度5弱という比較的軽めの揺れで、2日ほど停電になっただけでほぼ難を逃れました。横浜に住んでいる親戚が帰宅難民になりかけたくらいです。そんな私が、3.11についてリアルな言説をできようはずもなく、ざっと俯瞰で見る程度のことしかできません……。(ちょっとした問題提起くらいに思って下さいまし)


「3.11の後で、サブカルを論じるのは不謹慎である」
それまで、サブカル一色だった評論界が、津波や原発問題で一気に流されちゃった気がします。もしかしたら哲学界周辺も津波・原発問題の影響で、思弁的実在論とかへの反応が遅れたのかもしれませんね。


「3.11の後で、放射能を気にするのはキチガイである(ということになっている)」
The situation is under control.


話が変わるのですが、アドルノの本にこんな話が。
「マイダネク収容所では囚人を虐殺するために一晩中一斉射撃が続いたが、そのとき親衛隊は、収容所の四隅から巨大拡声器で、ワーグナーの『ジークフリート』を流し続けたという。直接は近くの住人に銃声を聞かれないようにするためである」
これは3.11で、津波到達の直前まで防災無線で町民に避難を呼びかけ続けた町職員のお話とスピーカーを中心にして対照的な出来事ですね。恣意的にスピーカーを中心にして語っちゃうのはかなり不謹慎なのですが、スピーカーという道具について考えさせられます……
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